王と道化とその周辺

ちっぽけ嘘世界へウインクしておくれよBaby

2021年買って良かった音源

序――異変

 明けてたどころか年度も越えてしもうたがな!
 マ~~~ジでこの春は忙しかった。そのうえ記事を書かねばならない案件も舞い込んで(3月頭のアレ)、毎年恒例の記事が大幅に遅れてしまった。
 しかし、書きかけの記事を丸ごとボツにするほと懐に余裕のある筆者ではない。どんなに時期が外れようとも怖じずにアップする、それが我が流儀である。
 それにしても――激動の2021年だった。推しが所属グループを脱退した春。別の推しグループはほぼ全員が疫病罹患者となり、ツアーは延期を重ね、その中でもなんかふつーに運動会的なやつとかやってた夏。それを越えて落ち着いたふりを決め込んでエンタメを再開し暮れた秋・冬。
 この毎年恒例となったこの記事のために改めて振り返った歳末、はたと気づいたのである。今年、ぜんぜん音源買ってない。
 否、後述の理由により回数として買ってはいたが新規開拓がほぼ無いのだ。
 2020年にひき続き現場が少なく、推し盤の活動は活発だったものの、対バン相手からの新規開拓がなかったうえ、推しドルその①は所属グループを脱退し、推しドルその②は音源を発売する身分になく、その代わりにステージ・舞台の場が多かったためそちらに支出がかさんで、オンゲル係数(支出のうち音楽の占める割合を指す。※筆者の造語)は減った。
 そして、その代わりのように、推し盤①は3曲入り音源のオンラインリリースをバンドとソロ名義織り交ぜて半年近く続けるという未だかつてないリリース祭りを開催したうえ、旧知のバンド仲間と別プロジェクトも発足した。
 そんなこんながあって、ここ数年続けてきた音楽記事の中でも今回は段違いに偏った内容となったのである。
 と、言い訳じみた前置きをしつつ、2021年に購入した(※「リリースされた」ではない)音源、参ります。
 

『アヒルアルカナ』『アヒルホスピタル』『アヒル童話』 捻れたアヒル

 のっけから三枚まとめてのご紹介。
 2008年、ボカロP・アヒル軍曹率いる音楽サークルが活動を開始した。1stアルバムから少し編成の変わった2ndアルバム『アヒルアルカナ』はタイトルどおり「タロットの大アルカナ」のうちいくつかをモチーフにした楽曲が収録されたコンセプチュアルなコンピレーション・アルバムであり、翌年、翌々年発売の3rd、4thもそれぞれがあるテーマをもとにした作品集となっている。主な販売経路はもちろん「ボーマス」こと「Vocaloid M@ster」という同人音楽即売会および同人ショップの通販。つまり、ちょっとやそっとじゃ手に入らないインディーズ音源だったのである。
 もう10年以上前のことである。当時のワタクシはといえば、まだクレジットカードの所持も許されていないヤングの身の上。親にオタ全開な通販サイトを見せて「これ買ってほしい」とねだるのも憚られ、指をくわえて試聴用デモ動画を流しながら通販ページを眺めていたわけだ。
 しかし、そんなボクちゃんも大人になった。自分のクレカも持ってるし、頑張って都会に出ていき、同人音楽専門店に行くことだってできる。若人よ、大人になるということは、子どものころ欲しくても買えなかったアイテムを自力で手に入れる術を得るということなのだ。
 そうして、ヤフオクとメルカリと駿河屋を定期的にクロールしていたワタクシは約10年越しにようやく、欲しくて欲しくてたまらなかったアルバム3枚を手に入れることができたのであった。

「タロット」「病院」「グリム童話」そして最新作は「百鬼夜行」——察しのよい方はお気づきだろうが、このテーマで集められたものは一筋縄ではいかない「ねじれた」楽曲である。もとよりこのサークルメンバーは知る人ぞ知る「VOCALOIDアンダーグラウンドカタログ」という、ヒットチャートに載らないがとにかくやばいボカロ曲を紹介する動画でまず紹介されたメンバーが多い。(※かなり刺激が強い動画と音楽なので閲覧は自己責任でどうぞ。)
 あの頃の僕はといえば、毎週かかさず「週刊ボーカロイドランキング」をチェックし、並行して不定期更新の「アングラカタログ」を巡回していた。僕のボカロシーンの理解は「ぼからん」と「アングラカタログ」の両輪から成っていたのだ。ストイックに己の表現を追求するアングラカタログ掲載Pの中でも、「捻れたアヒル」メンバーはその音楽性が評価され、ぼからんの方でも名をあげたPも多数いた。サークルの指揮を執るエモ曲の名手・アヒル軍曹を筆頭に、漫画家としても活躍中のKNOTS(若干P)や、Kous、アイマスフォントMVが一世風靡した『舎利禮文』の鉄風Pなどである。また、イラスト・アートワークには漫画『JKども荒野を行け』の時田も参加している。尖り散らかした個性を放ちつつ圧倒的にキャッチーなボカロPたちの楽曲を聴いてみてほしい。
 
 

『.CALLC.』 古川本舗

 アヒルに続いてこちらも、ネットで見知ったアーティストの音源である。


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 私が初めて古川本舗の音楽を耳にしたのは前段でも話題にした2種のボカロ曲紹介動画のうち「ぼからん」のほうだ。その衝撃は今でも鮮明に思い出せる。


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 エレクトロニカサウンドをのせた独特なラインアートのアニメーションMV『ピアノ・レッスン』(※元動画は削除済)は、雰囲気だけでいえば「アングラカタログ」掲載でもおかしくはない。「ボカロ」のキャラクター性を打ち出してもいない、早口の電波なポップスでも壮大な物語調でもないそれが「ぼからん」にランクインしたのは、ひとえに完成度だったと思う。いい意味で粗削りな、アマチュアクリエイターたちが集うその場に、音も構成もアートワークも段違いに洗練された――「出来上がった」作品が突然放り込まれた。衝撃であった。
 その後、ボカロPとしては引退し、人間のゲストボーカル(この表現も大概謎だな)を迎えるかたちで何枚かのアルバムを発売。2015年に音楽活動全般から引退する。このアルバムは2015年の活動休止前に行われた「.CALL.」アコースティックライブを音源化したもの。もとはデジタルなボカロ仕様で聴いていた楽曲がフルアコースティックのバンド・男女混成のボーカルで表されている。洗練と素朴の交感が面白くも心地よいライブアルバムだ。
 古川本舗は2021年より活動を再開し、新たにデジタルシングルを2曲配信している。再開のニュースを聞き、買い逃していたこのアルバムを購入するに至った。こちらは商業流通作だったので、今でも正規ルートで買い求めることができた。ありがたの極みである。
 と、いうわけで、「理科室コンピレーション アルカリ盤」か「alta mugs E.P」に収録の「sound Agree」正規販売・再録情報、待ってまーす(駿河屋とメルカリをクロールしながら)
 
 

『D RADIO』 鳴ル銅鑼


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余計なことは言わねえ、この夜を踊り狂え!!!!
 
 

『茨城大爆発』 ヒカリノハコ


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 前回の記事でも紹介した、茨城は水戸のライブハウス「水戸ライトハウス」の支援のために立ち上げられたプロジェクト「ヒカリノハコ」の第二弾。総勢25組の茨城出身アーティストによるオムニバスアルバムである。
 世代もジャンルも分け隔てなく、「茨城」のみをコンセプトとして集められたこのアルバムは、「命の灯」ではどうしてもメインを張るベテランと、若手との間に差があったことをふまえて企画されたという。多種多様・バラエティ豊か・ある意味雑多な闇鍋でありつつ、一本芯の通ったそれは、青空の下にただ直立する牛久の大仏様のような潔さだ。当方の推しバンドである真空ホロウはツンデレ気味に地元愛を歌うほのぼのソングで参加している。大先輩との関係性がエモい名曲である。
 今後もヒカリノハコプロジェクトはチェックしていきたいところ。水戸ライトハウスライブ配信設備が整うその日まで!(地方在住者の切実な願い)  
 

『Live From「1st Live Streaming"健診 chapter #0”」』 健康

 その報せは突然だった。


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 宇宙一推してるバンドの公式Twitterに表示された、メンバーによる新プロジェクト発足のニュース。なんともいえない暗い色彩を背景にした、どう見てもおおよそ健康的でない顔色をした白衣の男たち。プロジェクト名は「健康」――出オチと言っては何だが、その時点ですでに面白すぎて最高を確信してしまった。
 メンバーは元々プライベートでの親交が深く、お互いのソロ企画にゲスト出演したこともある真空ホロウのVo.Gt.松本明人とlynch.のGt.悠介。仲良しが高じてユニット結成というが、その計画は数年前から秘密裏に着々と進められていたという。
 このご時世、フロアに人を集めての公演も儘ならぬ。ならばと生配信(演奏パートは収録)で新プロジェクトの1st公演でお披露目し、そこで初めてプロジェクトの音楽性やコンセプトの詳細を説明しようという。「博打だよね(笑)」とはメンバーの談だが、無予習現場なんて当たり前の人間なのでなんの問題もなかった。公演のチケットは即購入した。
 この音源は、その1st配信公演「健診 chapter #0」の音をそのままパッケージングしたものだ。プロジェクトの自己紹介的実験配信ということもあり、楽曲もほぼプロトタイプである。しかしこの短尺の楽曲群が、かえってこのプロジェクトのコンセプトである「映画」の「劇伴」をイメージさせるものになっているように思う。それぞれのバンドでの仕事とはまた違ったサウンドでありつつ、双方に通底する「ほの暗い部屋に一筋の光が差すような空気」と美メロは変わらず発揮されていて、実験的でありながら聴きやすい。あとやっぱ歌が上手ぇ。
 題材にした映画についてのエピソードも明かされている。『アカルイミライ』という2002年公開の映画で、主題歌は真空松本が敬愛する地元の大先輩バンド The Back Hornの『未来』。この映画を観た若き日の松本少年は、映画音楽へのあこがれを抱き、いつか自身も映画・映像と音楽の調和した表現を手掛けたいと願っていたという。その願いを約20年後に叶えたのだ。
 2022年4月、このアルバムではプロトタイプ収録だった楽曲の完成版に完全新曲を加えたフルアルバム『健音 #1 -未来-』が発売される。というかこの記事を書いている時点ですでに手元にあり、それはそれはすごいことになっているのだが、フルアルバムのレビューは来年アップする「2022年買ってよかった音源」で語られるはずだ。その時までしばし待たれよ。

 

『KINDER ep2』『KINDER ep3』『KINDER ep4』 真空ホロウ

 2020年6月に完全リモート収録の音源『KINDER ep』をデジタルリリースした真空ホロウ。翌2021年には同シリーズとして『KINDER ep2』を皮切りに、なんと5か月間毎月、バンド、ソロ名義音源を交互に出す形で新譜をリリースした。(なぜこの3曲入り×4枚のepが全12曲収録のフルアルバム『KINDER』として発表されなかったのかといえば、ひとえに、「毎月なにかしらの音楽活動をしているという【実績】があの期間中に必要だったから」ではないかと私は睨んでいる。)
 様々に事情はあるだろうが、それをさておいても、春から夏の暮れまでにリリースされた音源たちは「KINDER」(子ども心・やさしさ)という主題とともに、移り行く季節に合わせた情景が封じ込められていて、得難い体験を味わせてくれた。毎月のようにリリースがあると、心が忙しい。(楽しいけどね!)
 とくにお気に入りなのは『ep3』の『もしもし』——まさか「もしも死」とは思わんでしょうよ。わたしはこの曲を個人的に、2012年リリースの1stミニアルバム『小さな世界』収録の『週末スクランブル』の令和版として受け止めている。この10年ほどの年月を経て平成から変わった時代のムードのようなものが、歌詞中に語られる死生観の違いで感ぜられるのだ。
 同じく『ep3』収録の『IKIRU』はかぎりなく優しい、人生にそっと寄り添うエールである。


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そんなでいいよ
そのぐらいでいいよ
酒でも呑んで 笑っていたいね
(「IKIRU」/https://www.uta-net.com/song/302342/

しかしその一月後にリリースされた『ep4』の『知らんけど』では思い切り突き放す。


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あなたが夢を語ろうとも
あなたを羨む人はいない
あなたが誰か目指したとて
あなたは其奴に成れやしない
(「知らんけど」/https://j-lyric.net/artist/a05439b/l055752.html

 このぜつみょ~なバランス! これが心地よく、面白かった。
 ずっと「君のようになりたい」と歌っていた真空ホロウが、「あなたは其奴に成れやしない」と歌うのは「僕は君じゃない/君は僕じゃない」からのさらなる発展か。「他者」とべったり癒着していた自己を確立させ、己の足で歩くことを促す(夜の街をひたすら歩くMVにも通じるイメージ)。その手厳しさもまた、ひとつの優しさであろう。
 
 

『Torch.5』『Torch.6』『Torch.7』 松本明人


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 バンド名義リリースの『KINDER』と同時並行でリリースされたソロ名義音源。『Torch.』シリーズはソロ活動期から続くアコースティック盤の名称なので統一テーマのようなものはない。だが、こちらも上で紹介した『KINDER』同様にほぼ隔月のリリースで、春から初夏までの季節の移ろいを感じさせる仕上がりになっている。
 個人的な超朗報はあの名曲『森に還る』『ホーム』がついに正規音源化されたことである。
 ソロ活動を開始したばかりの2015年から、弾き語り公演などで幾度も披露されてきたこの2曲。『森に還る』というタイトルは、松本氏がソロ活動開始前まで使用していたTwitterのユーザIDが「morini_kaeru」であったりと昔から馴染みのあるフレーズで、楽曲の雰囲気も最初期の音源『contradiction of the green forest』『ストレンジャー』のそれと近い(洗練度は各段に上がっているが)。歌詞にもあるように「いま現在の氏」が「少年の頃の自分」を回想しているような作品だ。
 『ホーム』は素朴ながらも優しく、どこか懐かしさのあるメロディと、現代社会を鋭く切り取る歌詞が好きで好き大好きで、(過去に一度、ライブ配信公演のチケット購入特典としてフルアコ版が配布されてはいるが)初めて聴いたときからずっと音源化を待ち望んでいたのだ。
 

 私の記憶では2015年の弾き語りライブが初見だったが、松本氏曰く10年ほど前からすでに存在する曲らしい。そして今回、リリースにあたってそれまでライブで歌っていたもの(特典配布音源の時点)から歌詞に大幅なリライトがなされている。
 1stシングル『Torch.』収録の『ひかりのうた』も、旧体制期ラストツアーでの新曲として各会場で披露される間に「どんどん歌詞が変わっていった」と松本氏は語っている。『Torch.』リリース後、ツアー中のメモの断片と照らし合わせても、抽象的表現から具体的な描写へと変化していく様が見てとれた。『ホーム』も抽象から具体への変化と言えるが、さらに言うならば、「他人ごと」から「自分ごと」へと大きく転換しているように思える。ここですべてを解説するには紙面が足りないので割愛するが、いつかまとまった比較記事を書きたいところ。
 
 新体制になってから発展させてきた最新の楽曲から、ソロ期に披露された旧体制時のテイストを残す曲、それよりもさらに前の、自主製作デモ音源時代の楽曲までが、2021年に『KINDER』『Torch.』シリーズで新規に音源化された。このリリースラッシュによって各時代の楽曲が一堂に会し、それぞれの時代の音楽性、歌詞で語られている物事の変遷と、変化する中でも「変わらずあるもの」が見えたように思う。
 メンバーそれぞれが新プロジェクトを始動し、さらなる変化のただ中にある真空ホロウというバンドを今後も注視していきたい。