王と道化とその周辺

ちっぽけ嘘世界へウインクしておくれよBaby

この頃のこと vol.2(あるいは、たやすくハッピーエンドなんかにするな)

 推しが所属グループからの脱退を発表した。
 春である。
 
 3月半ば。度重なる延期ののち、「打つ手がなくなった」との理由で緊急事態宣言が解除されたため、ジャニーズ事務所でも各グループの有観客コンサートツアーが始まった。
 何度目かの延期の報せが届いたとき、ツイッターランドでは「推しの初全国ツアーより大切な五輪があるものか」とキレ散らかす声をたびたび目撃した。当たり前である。あなたがたの推しの所属事務所は五輪ビジネスに乗る気マンマンでトニトニにウキウキだったし、とうの推しGも五輪絡みの文化事業に参加予定だったじゃないですか。みなさんもそれを喜んでたじゃないですか。大丈夫か?
 事務所は国から仕事を貰うべく、国の示した(指針にもなってない)指針に従って「自粛」し、指示に従って自粛をやめているだけのことである。そればかりか国の代わりに寄付をつのり、医療機関向けの製品を配布してまわっている。
 ジャニーズ事務所はもとよりチャリティーの精神に厚く、過去の災害時にも復興支援活動に積極的だった。『SMAP×SMAP』でも番組終了あたりまでずっと東日本震災の復興支援募金のお知らせを続けていたことを覚えている。チャリティー。寄付。けっこうなことである。本来の『トニトニ』のために組まれていたであろう莫大な予算は疫病対策および支援活動費に化けたはずで、それも俺的に「良かった」ポイントだ。ただ、その資金力でもって行われた支援活動を「もはや国」と誉めそやすネタはいただけない。国がやるべきだったことに変わりはないし、事務所はそれを従順な子分として肩代わりしてやっているに過ぎない。
こども食堂」というボランティア活動がある。貧困家庭の児童(と親)が無料で食事をとることのできる食堂だ。本来ならば国が欠食児童のために制度を作り施設を設け、活動者へ補助金を出していくべきなのである。口先だけで「子ども庁」などと言い出す前に、やるべきことは沢山あったはずなのだ。
 
安倍首相が「子どもの貧困」対策イベントで“他人事”メッセージ! 子どもや地域に努力を要求し国は知らんぷり――本と雑誌のニュースサイト/リテラ
 
 「子どもの貧困」という社会現象――日本財団によると7人にひとりのこどもが貧困状態にあるという。折りにつけ考えることがある。合宿所で当時の社長が食事を振る舞っていた頃とは違い、いまジャニーズになることを望みJr.をやっている10代の子らはすでに何かしらのダンスレッスンに通い、事務所へ通わせてもらい、親はそれだけのカネを持ち、我が子に関心を持ってカネを使う気がある、というすでに「選ばれた人間」であるということだ。さきに挙げた1/7にあたる子どもは門戸を叩くことすらしないし、したくても出来ない。門があることすら知らないかもしれない。そもそもの子ども自体の数も減っている。2020年の新成人が120万人、新小学一年生は100万人、新生児は80万人(※動画中では60万とあるが集計期間が違う)であるというCMを見た。まるで明日は希望に満ちている、とでもいいたげなCMで、だ。
 つまりジャニーズのような、露骨に言うと「子どもに子どもを売りつけるビジネス」はこれから、商品と顧客の激減により急加速度的に先細ることが確定している。「大丈夫なのか?」と思う。「大丈夫じゃあないよな?」と日々、感じている。
 
 そうして、GoToしたりしなかったり感染者を増やしたりちょっと抑えたりまた増やしたりしながら、「打つ手がなくなって」緊急事態宣言が解除され、解除されたので、Travis Japanは3月22日の博多公演を皮切りに全国ツアーを始めた。みな万全の対策をしている、という。会場内ではまぁそうなのだろう。では、それ以外の場ではどうか。一度ツイッターランドでツアー感想を調べてみるとよい。同じ人が博多と神戸と大阪と埼玉の現場の模様をお届けしてくれているはずだ。恐らく千葉と京都と仙台と名古屋と広島と札幌と横浜からもお届けされるだろう。全国ツアーとは、タレントが全国のオタクのために各地を回るのではなく、タレントの後ろにオタクの集団がぞろぞろくっついて全国行脚するという意味なのである。この期に及んで、そうである。
 聖火ランナーも走り始め、その回りを宣伝カーがにぎやかに並走し、街路には観客が群がっている。「GoTo」の再開も考えていると国のお偉方は言う。「打つ手がなくなった」のに。これっていったい何なんだろう、と思う。出場辞退する国もある中で、海外からの観客は参加させない方針を立てつつ、五輪はこの夏に開催されるらしい。「打つ手がなくなった」世界でオタクたちはあちこちの現場へ出かけていって、マスクをつけ、フェイスガードを盾にして、黙ったまんまペンライトを振り回している。これはいったい何なんだろう。「本当に大丈夫か?」と思う。少なくとも「大丈夫じゃあない」だろうな、と思っている。
 Travis Japanの全国ツアー、いまだに配信のお知らせはない。有観客公演をしながら前もって配信公演も告知しているグループと、配信の予定を出していないグループの差がなんなのか僕にはわからない。 トラジャの場合、この状況になる以前からISLAD TVで(ハーフサイズながら)公演の配信を行っているので、「配信なし」という措置は大幅退化である。配信があるとわかっていれば、後日DVD作品として発売されるとわかっていれば、無茶な行動をとる客は出ないかもしれないのに、なぜかそれを怠る。「大丈夫なのか?」と思う。「大丈夫じゃあない」だろうな、と思っている。
 そんな春である。
 
 あ、そうそう、推しの脱退についてでしたね、
 やったぜ。
 と思っているのは恐らく全オタクをみても私だけかもしれないのできちんと明言しておきたい。やったぜ。なんたって、2018年6月に書いた約三万字の記事その他で記した通りにすべてのことが運んでいったのだ。ここでやったぜと言わずになんと言う。まぁ半年ほど謎の期間は開きましたが誤差だ誤差。
 いちオタクの見解としては、岡本圭人さんは留学を決めた時点で辞めるつもりだったんだろうな、と思っていて、「説得」を受けたため、ひとまず籍を残したまま旅立った。そこに昨年の天変地異とも言える事態が起きた。日本より大きくことの動いた北米(ロックダウン、人種差別による動乱、国のトップの交代とそれに伴うひどい騒ぎ。そして今起きているのは我々や彼のようなアジア人種への差別と暴力である)、N.Yの街に彼はいて、なにを見てなにを感じたのか。彼のブログには在米中に収録した朗読パフォーマンス動画がアップされている。彼にあんなパフォーマンスができるなんてきっと誰も知らなかったろう。披露する機会を持たなかったからだ。
 私の推しバンドのメンバーは、「この状況下で物事の捉え方が変わった」「もっとちゃんと生きようと思った」と語り、「生きる」をテーマに新譜を作った。何事もなく時が過ぎ、つつがなく留学を終えて2年で帰国していたらどうだったか、我々には関知できない。どう足掻いても我々の生きている世界はことは起きてしまった世界だし、帰国後も彼の決意は固かった。
 
 推しは推しらしく、本当に興味をもっている分野の勉強をし、きちんと卒業して、それからしばらくは逆に「説得」する期間だったのだろう。己と向き合い、周囲と向き合う。自己を見つめ直すのに必要な時間は人それぞれだ。本来、入所後にJr.としてやるべきだったことを彼はまったく経験せず、デビューしてからの実績も今活動しているJr.以下である。なにもかもあべこべになっているようにわたしは思う。入所してしばらくの間Jr.として経験を積み、舞台などをこなしながらやがてグループに加入したりしなかったりして10年後にデビューしたりしなかったりする。その逆のことが起きた。あるいはこう言い換えられるかもしれない「JUMPとしての活動期間中、彼は実質未デビューのJr.モドキ(※Jr.のほうがよほど仕事しているという意)だった」
 10年だ。10年とちょっとの間、何もなかった。デビュー10周年記念のコンサート『I/O』ツアーパンフレットで、他のメンバーが主演ドラマや映画について語る中、彼が己の転機としてそこに記したのは 「シングルのTVサイズコーラス中にソロパートをワンフレーズもらった」ことだけだった。グループにいる間中、最初から最後のさいご、脱退告知動画に至るまで、「踊れない」と自称したし、メンバーの誰もそれを否定せず「ちゃんと踊れない」もののように扱った。事実だからだ。
 彼はこの場に必要じゃない、居てもいなくても変わらない、と思うだけの理由はいくらでも数えることができた。推しているオタクから見て、客観的に見て、そうだった。
 もうひとつ印象的だったエピソードを挙げようか。「グループをパフェで喩えるなら?」という雑誌のお約束的質問で、彼らはそれぞれのメンバーを具材や、器などに当てはめていった。岡本さんは自身を「コースター」だと言った。器の下に敷かれたコースターだ。パフェ本体には含まれていない、あってもなくてもいい、器からこぼれた結露を受け止めるだけのコースターが彼なのだ。
(ちなみに、コースターと唯一接触している「器」は誰だったのかと言うと山田さんである。怖いくらいに秀逸な喩えだったと思う)
 
 10年。よくやったよ、と思う。新入社員だって3年で見切りをつけて転職する時代だから、遅すぎるくらいだ。ジャニーズJr.には22歳で一区切りつける方針が決まった。これは未成年デビューのタレントにも適用すべきだと私は思っている。若すぎる人間に人生の選択の責任をとらせるのは間違っている。まだ道理のわからないヤングのオタクならともかく、いい年した成人オタクがそれを理解しないのははっきり言って幼稚で外道で邪悪だ。
 推しの留学と機を同じくして私も転職した。転職した先で人生をエンジョイしている。だから何度でも言う。咲けない場所に無理やり根を張っても枯れるだけだ。「悔しかったらその場に留まって見返してやれ」なんていかにも前時代的な根性論のマッチョ思想である。その場にある規範に沿うことに意義を見いだせないなら無理に留まる必要はない。何にしたって成功した人間の声ばかり大きくなるものだ。失敗した人間は力尽きて静かに消えていくだけなのだから。成功した面ばかりを取り上げれば誰もが名社長で敏腕プロデューサーだろう。失敗した仕事はぜんぶ忘れてしまえばいいのだから。

 山田さん、めちゃくちゃがんばってたのにね。手を変え品を変えキャッチーな話題を放り込んで盛り立てて、どうにかこうにか一緒にやっていけるように、仕事が回るよう尽力してくれていた。まぁほとんど周りにはには伝わらなかったんだけどね。王と道化は国を円滑に回し広めていくためのビジネスだ。残念ながらこのビジネスは不発で、乗ってくれる取引先はなく、(本人を含めた)彼らは「岡本圭人」の輸出に失敗したのである。
 
 これはハッピーエンドではないかもしれない。しかしバッドエンドでもない。「トゥルーエンド」だと私は思っている。なるべくしてなった。ようやくあるべきかたちに戻っただけだ、と。
 少なくとも事務所に残って芸能活動を続ける意志はあるわけで、彼はちゃんとエンタメの世界に「帰って」来たのだ。専念するという俳優業が具体的にどういうものなのかは解ってないが(事務所に所属していればみんな「アイドル」なのだと思っていたけど、ツイッターランドのみんなたちの口ぶりを見るに彼はアイドルではなくなる? らしい。TVにあまり出ないふぉ~ゆ~や、無所属Jr.では寺西くん古謝くんたちのようないわゆる「舞台班」であるところのタレントはもしやアイドルではなかったのか。内博貴さんや生田斗真さん、風間俊介さん、岡本健一さんはアイドルでないまったく別の何かなのか。それを区分する線引きはどこにあるのか、「アイドルらしさ」って何なのか、おれにはわからんとです)
 まぁ~~個人的には退所して下北あたりでバンドマンしてくれてもぜんぜん良かったんですけどね。こういうかたちでソロになった以上しばらくはでかい仕事もないだろうし、三年前からずっと懸念してたイヤな国のイヤな仕事なんてもちろん回ってこないし、下手なTVにも出ないだろうことは精神衛生上まっことありがたい。岡本さんの歌声が好きでファンになった者としては俳優業のなかにミュージカルや歌ものステージがあってくれると嬉しいな。
 このブログで何度も語っているとおり、私はジャニーズのエンタメ以外にも好きなものごとが沢山あるので、それらのどこかで引っかかっていればきっと絶対確実に彼を推しにしていたと思う。アイドルという肩書きや事務所という入れ物が好きなわけじゃない。バンドマンやYouTuberという肩書きだけで相手を好きになるわけじゃないのと同じだ。アイドルを愛するようにバンドマンを愛し、YouTuberを愛し、俳優や二次元を愛して、それら全部を愛するようにアイドルを愛している。
 
 4月9日から11日までな三日間、Hey! Say! JUMPは無観客コンサートの生配信をする。昨年から続くこの状況下において「JUMPさんのコンサート」という形で配信をするのは意外にも初である。そして最終11日の公演において、岡本さんは脱退前の最後のパフォーマンスを披露するという。媒体によって情報がまちまちなため(なんでやねん。広報ちゃんとしてくれ!)それがどのような形式で行われるかは今もって不明だ。何もなくサイレント脱退するものと思っていたので、久々にパフォーマンスを見られるというならそれに越したことはない。完全配信オンリーなのもよかった。「脱退にともなうラストパフォーマンスのお知らせ」がある前までチケットを手配しないつもりでいた岡本担でも見ることができるし、現場でオタク同士つかみ合いの喧嘩になる恐れもないからね!
 
 ジャニーズに触れて5年ほど、色々なことがあった。まーホントに色々あった。その半分以上推しグループに「自担」が不在だったというのも面白いんじゃないかなと思う。もう「担当」制度には乗っていないし乗らないから、私の人生において「自担」はただ一人で、これからも永久に変わらない。私と彼と、彼の周囲が何も変わっていないことを再確認できた。
 そんな春である。  
「これはこれで青春映画だったよ」と言えるような、いい春になるよう願っています。お互いに。