王と道化とその周辺

ちっぽけ嘘世界へウインクしておくれよBaby

最終公演

 何かが終わったらしいという報が届いた。
 それから体感1週間はその話題でもちきりだったように思う。
 終わったのはひとつの時代であるという。それらの持つ精神性にのっとるなら「終わった」というより「お開き」になったとか「千秋楽」とでもいうべきだろうか。
 それからは、TVのニュースでもWEBニュースでも、内外から(あるいはかつて内であったものものから)雪崩のようにそれらしき言葉があふれた。電波に乗って流れていくそれをみんながありがたがって聞いていた。まさしくエンターテイメントの結実であったのだろう。かつて自社タレントのひとりの肉親に対してそうしたように、己が身をもってその死を見事にエンターテイメントにしてみせた。わたしはもちろん、そのことをまったく評価できやしないのだが。
 
 
 ひとつだけ、幸いなことがあった。我が推しである彼は現在休業中の身で、メディアにその言葉をおどらせることはなかった。本当にベストなタイミングで「留学」したものだ、と思う。
 ただ何もかも最良のタイミングで過ぎていく。過ぎていくだけだ。何の変容も変質もなく、よどみもたゆみもせず、ただ、ただ過ぎていく。
 嗚呼、あなたはやはり、わたしにとって最高の自担だった。
 今ここにいないことが何よりのファンサだよ。
 そんなひとつの確信をもって、最後の祭りを見送った。