王と道化とその周辺

ちっぽけ嘘世界へウインクしておくれよBaby

「自担が留学するので転職します」・2

~前回までのあらすじ~

 2018年、夏。
 私は5年勤めた会社に退職願を提出した。

 

 

 ここで先に告白しておくと、実はこの記事タイトル、半分くらい詐欺である。
 転職の話自体は3月頭くらいに一度来ていた。母校の恩師からメールでツテを紹介されたのだ。それはちょうどその時、昨年秋からクラスチェンジした現在の職務にだいぶグッタリしていた私にとって天啓のようなものだった。
 4年ほど非正規雇用者として勤務していて、労基法的にも色々なタイミング的にもそろそろ契約社員にクラスチェンジすべきでは? と上からお話をいただいて、その時はまぁもうちょい安定した生活基盤を作っといたほうがいいかなと考えて、勧められるとおりに非正規と正規の中間のポジションであるところの契約社員になった。まー後悔しました。大してお賃金は変わらないのにやるべきことは増えてやりがいのないことが増えてできないことが増えた。うっかり忘れていたのだけども、私は体の大きさとか使う腕とか脚の動かし方とかがとっても「普通の人」と違うのだ。そういうことを思い出させるような仕事が増えて、そういうことを思い出させる、集団の全体との均一さ統一感を求められる環境に思いっきり疲れてしまった。自分が社会不適合者だったことを思い出したとでもいうのか。
 そんな中での転職のお誘い。即レスでしたね。 でもそのときは恩師の方が紹介先よりちょっと早まってしまったらしく、秋からの雇用を予定として再度正式にお誘いが来るということでいったん保留となりました。
 第二報が届いたのは6月下旬、あの運命の日の少し前だった。この時点では3月ほど気持ちが塞いでいなかったので、書類の準備を進めつつも迷いがまだ残っていたように思う。例の報道を受けての、「自担が辞めたら僕も辞めるか!」 という考えはうすぼんやりと頭の中にあった。無論、イキリオタク的ジョークとして、である。
 運命の夜を越えた翌24日、「留学」までの道のりが各種紙面で明かされた。そこで3月頃からこの話が始まっていたことを知って「うわぁ」と思った。重ねてこのタイミングで発表。運命の糸が引かれているのだと感じた。イキリオタクとは別の人格が顔を出し、「自担はとりあえず辞めないらしいけど、僕が辞めるのは今じゃね?」 と素直に思った。
 正式な書類を提出し、面接を受け、採用確定との返答を受け取ったのが7月末。
 そうして先週ようやく、退職願を携えての出社に至ったのである。
 謹んで封筒を提出したとき、上司は「せっかく契約社員になったのに?」「うちの部署から契約社員出すの初めてだったから正直(上に)無理いってもらったんだけど」などと恩を売るようなことを言われたが、いやでも法律的に勤続5年目越えたらクビ切るか雇うかしないといけないはずなんですけどとはまぁ、突っ込まずにいてあげた。
 確かに、長年の勤務の果てにようやく得た地位だった。転職後は以前と同じ非正規雇用に戻る。でもこれから2年間は課金先も減る見込みであるし、問題はないと思った。私はとにかく環境を変えたかった。このままあの場所で正規雇用されるまで働き続けることを考えられなくなっていたのだ。
 これまで様々な推しを推してきたが、ここまで人生を影響を及ぼした推しはいない。彼はやはり私にとって特別に運命的な存在だったのだろう。彼の選択を応援するとか、勇気をもらったとか、お互い頑張ろうとか、そういった可愛げのあることを言う気は一切なく、ただ同じタイミングで突飛な行動に出てみただけの、数奇な運命だ。
 退職まであとひと月あまり。退会するのが難しいオンライン会員登録ばりに煩雑な手続きと引継ぎと通常業務に追われている。私ほんとこういう手続きの類苦手だよな、と改めて思い知らされへこたれているが、とりあえず行動していれば事態は進むはずなので、気持ちは3月頃より随分とあかるい。
 停滞するのは死んだも同じだ。
 だから出て行くのだ、私も、彼も、たぶん。