王と道化とその周辺

君が作った美しい君に会いたいの

をたくの見たるジャニーズJr.チャンネルなるものを我も見てみむとして、その結果

(この記事は2018年中に書き始めながら途中で投げていたものを最近になってある必要に迫られ、追補しつつ完成させたものです。)
 
 
 
 

2018年、推しが渡米した年の夏が終わった。

 地元のみ申し込んだJUMPのアリーナツアーは落選を食らい(その後ご縁により救済され、無事地元ドームにて推し不在現場に入ることとなった)、最推しバンドの連続企画も大団円を迎え、転職もつつがなく済ませて、身辺はおおむね落ち着いていた。
 要するに、暇になった。
 
 
 暇というのは心の隙間を増やす。振って湧いたような余暇をつぶすための刺激を無意識に求めていた私は、ある日たまたま、ツイッターランドのタイムラインに流れてきた動画を目にする。その動画たちは適度な軽さとやわらかさを持ち、驚くほどの浸透力で心の隙間に侵入し、“因子”を植え付けていったのだ。
 その動画の提供元を「ジャニーズJr.チャンネル」という。

 
 
 
 

SixTONES

 最初のインパクトをかっさらっていったのはやはり「デジタルに放つ新世代」であった。


SixTONES【SP企画】vs Travis Japan 打ち上げ花火なるべく遠くから見る対決!

 ある日ツイッターランドのタイムラインに流れてきたこの動画。ちょうど時間をもて余していたところだったので「2グループの対決企画とは面白そうなことしてるじゃないか」と見始めた。そう、ここでまず合同企画の前後編としてアップされた2グループの“動画を比較して見る”機会を得たのがジャニーズJr.チャンネルウォッチャーとしてデビューする最大の原因である。
 して、SixTONESとはいかなる集団か。系統としてはKAT-TUNの直系後輩(ご丁寧に元麺の肉親もいる)と聞いていた。ようするにヤカラの集団であり、ロイヤル属性を好んでいる私の趣味とは真逆に位置している。ゆえに、そこまで魂を引っ張られることもないだろうと踏んでいた。ただ、菊池風磨のソロコンに行った結果「松村北斗」とうつろな眼で口走るようになった友人がおり、「まつ◯◯ ◯◯と」および「◯◯もと ◯◯と」という名をもつものは危険人物であることは人生においてすでに証明されているため、そこだけは警戒しつつの視聴であった。(相手チームのトラジャにも「まつ◯◯ ◯◯と」がいることに気付いたのは後述の理由によりもっとずっと後のことである)
 第一感想としては、評判に違わずたいへんな無法者集団であり、えらい悪知恵の回るやつ(まつ○○○○とのことだ)が居り、総じて愉快なヤカラたちだった。

 対決動画の次に話題を小耳にはさんでいた寝起きドッキリを見てジェシーの愛らしさに目覚め、血液型を調べるだけの企画をエンターテイメントに仕上げるバラエティー力に唸らされ、「きょもほく」の何たるかを知り、田中の弟は田中の弟であると知った。高地くんには是非『スクール革命』へメンバーを引き連れてJUMPパイセンにカチコミをかけてほしいと思う。たぶん勝てる気がする。

 
 

Travis Japan

 さきに述べたSixTONESの対戦相手であった不憫なトラジャ。合同企画の動画はこちらのほうが前編であった。そのことに後編冒頭を見始めてから気付いた私は「あ、順番的にはこっち先見なかんのか」と再生し、再生したところで、ふと違和感を覚えたのだ。


Travis Japan【SP企画】vs SixTONES 打ち上げ花火なるべく遠くから見る対決!

 そのときは一旦、さし込めた違和感は置いておき、前後編通して動画を楽しんだ。この時点では「グループ名をうすぼんやりと聞いたことはある」程度の認識で、構成員人数もまったく知らなかったが、ストと比較しなくてもアポとり手際の良さや対応の丁寧さ、撮影中の周囲への気配りなどから、礼儀正しく統制のとれたよい子の集団であることがわかる。ワイワイキャッキャとストレートに対決を楽しむ様子にはおおいに和まされた。企画に集中しすぎてメンバーの小ボケをスルーしてしうまうぽやんとした生真面目さなど、この手触りはちょっとJUMPさんに似ているなと薄々気付きはじめる。(ゆえにストがJUMPにカチコミをかけたらJUMPが負ける気がする。)

 そうして、前編後編の企画を続けて見終えたのち、違和感の正体を探るべく、もう一度、前編を頭から再生した。

 何がそんなにもひっかかったのか。それは動画の冒頭。「シュ~~~~~ッポン(例のSE)」からの、アー写を挟んで本編に入った後だ。
 
 

 トラジャ、動画の冒頭にメンバーのお名前テロップが、出ない。
 
 

 出していないのだ。
 

 もももももったいねえ!! と思った。それに気付いた瞬間、急ぎ他のグループ(B少年以外)も冒頭のみチェックしたが、どのグループもちゃんと毎回冒頭にテロップを表示させている。HiHi Jetsなんて移動するメンバーの頭上のテロップを追従移動させるくらいには顔と名前を一致させることに気合が入っている。気合入りすぎていっそ笑えた。

 つべの企画動画は基本的に単発で、いつどこから見始めてもおかしくない。そして、その動画を見るのはオタクだけではない。毎回まいかい、欠かさず、冒頭にメンバー名のテロップを入れることはとてもとても大切だ。毎日放送するTV番組だって冒頭に必ず出演者名のテロップが出されているのだ。どんなコンテンツにしても「新規にやさしい」ことを大幅加点対象としているため、この一件によって「無法者集団のように見えて意外と細やかな気配りの効いているスト」「真面目なよいこたちだけどどこかちょっと抜けてるトラ」という印象がついた。

 とまれ、抜けてるところも愛おしい、まで行くのに時間はそうかからなかったわけですが。何よりの特徴はクセの強いED曲(曲制作動画がこれまたすごい)と、リーダー宮近による真理と雑のあわいを突いた絶妙な「総評」コメントだろう。「基本的に素直でおだやかでおっとりしたグループだが、たまに発想が4次元の先をいってる」という気風が、つべ配信グループの中では最も己の嗜好と一致していたのだ。
 中でも二人三脚カルタ回とホームランバー回が異様にツボで一時期ずっと見てた。


Travis Japan【全力ギャグ】球場で二人三脚カルタは爆笑!?


Travis Japan【極寒でアイス】ホームランバーでガチ野球やってみた!

 ホームランバー回はファミコン野球ゲーム風の編集も妙に凝ってて好き。

※なお、お名前テロップ問題については、2019年1月31日更新の動画から毎回入るようになりました。ちゃんと気づいたんだね! すごい!! えらい!! がんばった!!(何目線)

 グループ自体の個性はもちろんあるとして、動画は完全統一規格でもって作られている、というイメージがここで壊され、それぞれ特色のある仕上がりになっていることがわかった。そしてこの結論に至るまでの過程で、すっかり「ゆるくて可愛くて面白くて可愛いYouTuberの動画が毎週4本(※美 少年くんについては後述)ほど無料で提供される」という環境をぜいたくに享受している自分がいたのだ。

 地方者にとって、デビュー組が関東・関西ローカルでレギュラー冠番組をいくつ持っていたとしても意味はないのですよ。見られないので。そんな中でJr.がネット配信するということは、好きな時に好きなだけ、合法で推しを浴びることができる。違法アップロードに頼らずに、ブログで、SNSで推しを布教できる。そういうことだった。公式垢の動画をRTしてそれ以外でもリンクを張りまくって「見て! みて! 俺の推しがこんなにもかわいい!!」って各方面へ言いふらせるのだ。こんなに幸せなことはない。
 現場にこだわらずゆるーく茶の間活動する分には、デビュー組のオタクをするよりだんぜん、Jr.を推すほうが精神衛生上いいんじゃあないか。
 ぼんやりと、そんなことを考えていた。

 
 

Snow man

 知ってるぞ! 院卒の子! 阿部くんのいるところだ! と、同じマスタークラス取得者として親近感、また彼が某バンドの旧ドラムスと顔が似ているということから把握していた。健人担の友人に見せてもらったサマパラのバックを勤めていた集団である。世代的にはほぼJUMPさんたちと同期であるゆえ、安定感は抜群に思えた。
「INT値が高い」が私に爆アドなので阿部ちゃん先生動画を拝見しておおいに楽しみ、そしてもうひとつの爆アド要素である「独特の世界観」をローストビーフで全部持っていかれました。「様」が愛称のキャラってぜったい刺さるんだよな……。二次元でも三次元でも、大仰で芝居がかっててキザな振る舞いに躊躇がない、薔薇を横に咥えちゃったりするような(時を経て実際にやってくださいました 舘さまは裏切らねえな……すき……。)
 佐久間くんとの主従ロールがまた良いんだな~。あの世界観に同乗して寸劇できる人がいるから良い。サマパラソロ動画コーナーの迫りくるハイヒール(虎のぬいぐるみ)には背景に宇宙を背負わざるをえなかったけど。

 なんてのほほんと楽しく見ていたら突然三人増えた。
 当時はまぁ色々言われていたし、私としても(年齢的にも周囲との経験値の相対比としても)若すぎるメンバーを急に前線へ抜擢することへの拒否反応があり、ラウールくんが義務教育を終えるまでの期間はすのつべを封印するに至った。
 2019年春を過ぎて、熟考のすえ一部解禁した。ラウールくん、優しいお兄さんたちに囲まれてのびのびすくすく育っていた。ていうかめっちゃ頭いいなこの子!? お兄さんたちに全然負けてないよな!?


Snow Man【カタログカルタ】本気バトル!“母の日ギフト”争奪戦

 母の日カルタ動画を3周する頃には「とりあえず見守ろう」という気持ちになっていたので、とりあえず見守っています。舘さま劇場に新メンバーこーじさんが参加してくれるのも賑やかさが増して良いなと思う。

 
 

HiHi Jets

 花火対決動画よりも前に「強火山田担のメンバーが山田涼介をプレゼンする動画がすごい」とおJUMPさんの界隈で話題になっていて物見遊山で見に行った。ぼくのJr.チャンネルデビュー、実はこのグループからでした。


HiHi Jets 井上企画【Hey!Say!JUMP】山田涼介への愛を語る!

 井上くんの挙げる山田さんのスゴイところベスト1が「ビジュアル!」だったところに激しく同意して終わったことを覚えている。そのありあまる熱意にうっすらヒき気味な他メンバーの反応も面白い。いつか共演できるといいですね。幕間にインサートされる似顔絵もいい味だしてる。ライヴで涙ぼくろを書き足してたことについては本家でもさんざんコスられているので放っておいてあげてください。
 それから時を経てストトラ花火対決を見、例の「テロップ問題」を調査すべくとりあえず初回動画を見て 「えええこの2人(いがさく)中学校卒業したばっかりってえええええ??」 と動揺することとなる。めっちゃ落ち着き払ってんのにこないだまで中学生……義務教育……。
 ここで一瞬、警戒警報が発令しかけた。が動画配信開始時点でかろうじて卒業されていたためにギリギリで年齢制限をクリアしてしまった。KAT-TUN兄貴っぽい雰囲気の子(はしもっちゃん)がいるだけあってギリギリをいつも生きてるね。

 彼らの動画を総括すると「猪狩という子がヤバイ」の一言になります。エチュード(即興劇)回の「あんたは毎日まいにち仕事しごとで家庭は顧みず!!」って台詞のキレがすごくて、こんな言い回しがすっと出てくるってどういう脳の回転してんだ?! とひたすら驚いた。


HiHi Jets 即興で演じます。野球部員の家族が崩壊!?

 ただ頭がいいとかそういうところじゃない、抜群のセンスとキレ味を感じる。あのストとも状況次第では渡り合えそう。
 チャンネル開設時の記者会見で披露してたことわざコントもどきで進行役やってたのもすごかった。正直どのグループよりも印象に残る演出だったというか、HiHiが、というかガリさんが異彩を放ってて完全に一人勝ち状態でしたね……。
 あと、定期チェックしてる他3グループと編集の雰囲気がちょっと違うのが地味に気になる。名前テロップも共通の(?)とは別デザインのものを使ってたり。
 
 
 

東京B少年(現 美 少年)

 こちらのグループは配信開始時に義務教育中のメンバーが在籍していたため、視聴を見送っています。

 若すぎるグループに対しては個人的な倫理観の問題から手を出しかねる。
 あと、グループ名をおもちゃにされすぎてるのも正直見てていい気がしなくなったというか(今はこっちのほうが理由としてでかいかもしれない)
 3年後に会おう! な!

 
 

それからどうなった

 時は流れて、さる2019年5月下旬。さいたまスーパーアリーナにてSnow manTravis Japan、なにわ男子3グループ合同LIVE「ISLAND Festival」が行われた。その公演はISLAND TVというJr.の動画配信サイトでライヴ中継された。
 これまでネットに弱く、また盛況を極めチケットが高値で取引されるようなコンサートでも、映画館等でのライブビューイングを行っていなかったジャニーズがネット配信する時代になったのだ。しかもたったのワンコイン。500円。クレカもコンビニ決済もOK.やっと時代に追い付いたわけである。
 その数日前、例の友人と久しぶりに会食し、なにわ男子が今キているという話で盛り上がった。バーチャルジャニーズってまたすごいとこ行ったよな。みんないちごやくんもとい、大橋くんの話してるよな。ドラマのみっちーと長尾くんが……Jr.限定のジャニショ的なやつが今度できて……などなど。その流れでワンコイン配信のことを知り、それを見る決心もなんとな~く固まっていた。そして25日昼公演のセトリバレから件のなにわ男子がJUMPの『We are 男の子』をやったと聞くやいなや、その午後には「ISLAND TV」に登録し、クレカ決済を終えていた。
 私はこれまでJr.チャンネルをゆるゆると楽しみつつ、本気のパフォーマンス動画(パフォーマンスの様子が混じる舞台裏密着動画等も含む)は見ないように努めていた。本気のパフォーマンスで惚れてしまったら、もう後戻りできない。デビュー組にさえ七転八倒していた私がJr.グループを抱えきれるわけがない。今はまだ早い。まだ早い。そうやって流れてくる弾を避け続けていたのだ。
 そこまで用心に用心を重ねていたのに突如として妙な行動力を発揮するのが僕の悪い癖である。

 画面越しとはいえ生の、本気のパフォーマンスを見てしまうということがどういうことなのか。もちろんそれなりの覚悟はしていた。が、3グループ合同だし前半だけだし、威力は1/3いや1/6であるはずだ、というザルな目算で安気していたところもなくはなかった。
 
 

 そうして訪れた運命の26日17時。
 から、配信を終えて数時間後、
 ツイッターランドをハチャメチャに「トラジャ」で検索している僕がいた。
 
 

 如恵留さまとの出会いである。
 
 

【次回、「慈しみと愛のあるところ~あるいは、私は如何にして川島如恵留を推すこととなったか~」へ続く】

最終公演

 何かが終わったらしいという報が届いた。
 それから体感1週間はその話題でもちきりだったように思う。
 終わったのはひとつの時代であるという。それらの持つ精神性にのっとるなら「終わった」というより「お開き」になったとか「千秋楽」とでもいうべきだろうか。
 それからは、TVのニュースでもWEBニュースでも、内外から(あるいはかつて内であったものものから)雪崩のようにそれらしき言葉があふれた。電波に乗って流れていくそれをみんながありがたがって聞いていた。まさしくエンターテイメントの結実であったのだろう。かつて自社タレントのひとりの肉親に対してそうしたように、己が身をもってその死を見事にエンターテイメントにしてみせた。わたしはもちろん、そのことをまったく評価できやしないのだが。
 
 
 ひとつだけ、幸いなことがあった。我が推しである彼は現在休業中の身で、メディアにその言葉をおどらせることはなかった。本当にベストなタイミングで「留学」したものだ、と思う。
 ただ何もかも最良のタイミングで過ぎていく。過ぎていくだけだ。何の変容も変質もなく、よどみもたゆみもせず、ただ、ただ過ぎていく。
 嗚呼、あなたはやはり、わたしにとって最高の自担だった。
 今ここにいないことが何よりのファンサだよ。
 そんなひとつの確信をもって、最後の祭りを見送った。

2018年買って良かった音源

あけてましたおめでとうございます。今年もゆるりとよろしくお願いします。
「今年買ってよかったアイテム」系記事への憧れがあるものの並べて語れるようなジャンルが音楽しかなかったので素直に音楽を並べます。
あくまで私が2018年「買った」音源なので「2018年リリースのもの」ではないです。あしからず。

『Tokyo Rendez-Vous』King Gnu

 2018年を表で制したのが米津玄師なら裏番がKing Gnuかなというくらいあっちゅー間にツイッターランドの音楽好きの間を席巻していった。普段邦楽はほとんど聞かないというジャニーズWEST中間淳太さまもラジオで紹介する(『Vinyl』と『Prayer X』2曲も!)というくらいなので相当な席巻ぶりであります。


King Gnu - Vinyl

 徹底的に「シティーの音楽」や……という印象で、サチモスが出てきたときにも同じ感慨を抱いた。「『東京』と名のつく曲に名曲無し」という持論を掲げてきたけれど、上京もんの歌う『東京』の像、ルサンチマンな目線に閉口してしまうところがあって、根っからシティーの人間にこうされると、「上京もんの歌う『東京』に名曲ナシなんだな」というか、ひがみねたみの感情が苦手なだけなんだなと思わされる。
 ――なんて、かく言う僕もハンパな地方(山口県某市)からハンパな都会(名古屋)に出てきたプチ上京もんで、都会に救われたところのほうがずっと大きくて山口にはもう二度と帰りたくないなと思うくらいなのだけど、地方と都会の格差(学校・賃金・情報)に目を向ければやっぱり愕然としてしまうし、その辺考えてくと、ルサンチマン目線に対する苦手意識もとどのつまりは同族嫌悪なのかもしらんなぁと。そしてこのバンドのこれらの楽曲が上京してもいないそこかしこの音楽好きに受け入れられ支持されているということは、ルサンチマンもそれへの同族嫌悪ももはや古い感性なんじゃろうか、もしくは東京がそれほど特別な場所じゃなくなってるんだろうか、とかとりとめもなく考えてしまう次第。

『わたしが鳴こうホトトギス戸川純 with Vampillia

 椎名林檎がオタク女子の間で猛威を振るっていたあの頃を「ずっぷり行きすぎるとヤバそう」という意識からやり過ごし、数年後に熟成させてから齧った私ですが、戸川純についてもおおむね同じ意識から「時が来るまで距離をとっておく」対象でした。初めて触れたのはVocaloid巡音ルカの『磁力ビギン』カバーだったかな。ポップンミュージック6の『電波の暮らし』の元ネタだとも気づくわけです。  まぁそんな感じで絶賛距離を置いていた戸川純にようやく触れることになったこのアルバム。リリース自体は2017年でして、きっかけはVampillia(真空ホロウ経由で知ったヤバイバンド)最近どうよーと検索してみたらなんかコラボしてるーしかも去年ー?! で、つべの視聴動画を聴いてみたら一発KOだった。多感な頃に避けていて正解だった。


戸川純 with Vampillia / わたしが鳴こうホトトギス / MUSIC VIDEO

 コメントにもある通り、彼女の全盛期と比べてみれば声も音程も苦しいところは多々ある。けれどこの新曲のスゴ味はかつての彼女では出せなかったものだろうなと。1年越しのリリースツアーなるものをやっていてライヴにも行きました。MCで「ホイットニーヒューストンが身を持ち崩したあとの復帰ライブで、ボロボロだったからライヴ途中で歌うのを止めてしまったのだけれども、何故止めてしまったのか。どんなにひどくても歌い続けるべきだ。」というようなことを語っていて、そういう方だから「何年経っても鳴いていよう」というような歌を今うたえるのだなぁと。あの日聞いた『赤い戦車』と『諦念プシガンガ』『Not Dead Luna』忘れらんないな。あ、あと元相対性理論現集団行動の真部脩一を初めて生で見た。忘れらんないな。

『LIVE IN LIVING'13』羊毛とおはな

 ある日、クラシックと洋楽と谷山浩子を主食にしている父が「『羊毛とおはな』ってバンド知ってる?」と聞いてきた。食わず嫌いの多い父から邦楽バンドの名前が出てきたことにびっくりしつつも、名前だけはタワレコ店頭などで知っていたので正直に「名前だけは」と応えた。普通にしていればまず父にはリーチしなさそうなバンド名がその口から飛び出してきたのか。曰く、イギリスのアリアナ・グランデのコンサート会場で起きたテロ事件に対する祈りの曲としてoasisの『Don't Look Back In Anger』が歌われており、その歌詞や楽曲の来歴を調べているうちに羊毛とおはなのカバーに行きついた、という。つられて聞いてみると確かにいい。ハンバートハンバートもカーステレオでかけてたときそんなに反応悪くなかったし意外と父上こういうのも好きなのかしら。
 という感じでプログレ以来の父経由で布教された羊毛とおはな、一枚買ってみるかとディスコグラフィーを眺め、『Don't Look Back In Anger』ではなくカバー曲がビョークの『Hyperballad』だったこのアルバムを選びました。好きなんですよね『Hyperballad』。幼少期にWOWOWのCMでライヴのダイジェストが流れていて、そこで聞いてからずっと気になっていて、インターネッツという武器を手に入れてから自分で調べて見つけ出した曲です。


羊毛とおはな「うたの手紙〜ありがとう〜」

ところで『Don't Look Back In Anger』といえば、2017年末に岡本さんもラジオでOP曲に(うるじゃんの岡本さん担当回はあるときから彼選曲のOP曲が番組頭に流されるようになった)選んでいましたね。イギリスは彼も縁深い地ですしテロの件もちょっとは頭にあったのかなーとか。放送中は「サリーって誰だよ?!」としか言ってなかった気もしますが。

『new life wave』SOROR

 吉澤嘉代子めっちゃ良いんですけど~~とつべを漁っていたときに引っかかったSOROR。元ふぇのたすのショーヤマモトが色んな女性ボーカリストとコラボしているようだ。ふぇのたすはうっすら撫でる程度だったがこりゃメロといいリリックといい中毒性高いぞ。とりあえず吉澤嘉代子大森靖子のやつポチっとけ。


SOROR - 大人の恋愛 feat.大森靖子[Official Audio]


SOROR - はなせばわかる feat.吉澤嘉代子[Official Audio]

 と、それからしばらくもしないうちに上記2曲も収録されたアルバムがリリースされたのでした。ぐすん。
 良質なデジポップときにEDM。タイプの違うボーカルがそれぞれの良さをいかんなく発揮していて、バラエティー豊かで聞いていてとかく楽しい。フィロソフィーのダンス日向ハルさんめちゃくちゃ歌がうめえな! 何週しても新鮮に耳が驚きますね。歌うめぇな!!

『英雄syndrome』神聖かまってちゃん


神聖かまってちゃん「フロントメモリーfeat.川本真琴」

 映画の主題歌になっていた『フロントメモリー』が良すぎてとうとう手を出した(映画自体は見ていない)。PV公開当時話題になってた『ズッ友』もようやくまともに聴いた。2018年の夏は色々なことが起きた夏であったけれども、この曲の「熱さ」とシンクロした2018年の酷暑の夏をこの先もずっと抱えて折につけ思い出すのだろうと思う。

『憎盤』三輪和也(鳴ル銅鑼)

 2018年時点で、ライブに通うほど推してる二大バンドのひとつであるバンド鳴ル銅鑼、の、ボーカル三輪和也のソロ弾き語り音源。『愛盤』と『憎盤』二枚同時リリースというのもまた上手い。ジャケットアートワークも二枚並べてこその良さ。ですがどちらか一枚選ぶとしたら『憎』のほうになるというのがワタクシらしさでありますね。
『憎盤』試聴できる動画がなかったので『愛盤』収録の一曲を張っておきます。


曖昧 / 三輪和也 鳴ル銅鑼 2018-12-04

『ドリップ』真空ホロウ


「ドリップ」ティーザー

 2018年の真空ホロウ(バンドとしての)は正規音源リリースではなく黄・赤・青ツアーでの新作グッズ購入特典として音源1曲が付くという順序が逆だ小僧!!変則的なやり方で現場を盛り上げてくれました。ドリップは赤回、高原先生プロデュース回ですね。先生フィ―チャーのジャズベースがバチバチにかっこいい曲です。曲自体はボーカル松本の短いソロ弾き語り期に初出で、その頃から音源化を待ち望んでいたファンも多いだろう曲。旧体制期に(今もか?)掲げられていた「歌詞、曲、アレンジの調和(マッチング)」の体現ともいえる。歌詞のヒリヒリ感と楽曲とジャジーなアレンジ、ライブでの各麺のパフォーマンスも含めたすべてが「過不足なく」完璧にハマっていて、いやもうとにかくパーフェクトなんですよ。この感想を抱くのは『ストレンジャー』収録の『グライダー』以来です。
 聞いたところこの曲の原型は『ストレンジャー』期からあったそうで、あの頃にリリースされていても間違いなくフロアを沸かせていただろうけども、でもこうして今この体制でレコーディングされて披露されているのだから、まぎれもなく「今」の曲なのですな。

『Torch.3』松本明人(真空ホロウ)


松本明人(真空ホロウ)ソロ音源「Torch.3」ティーザー

 ソロ弾き語り期から会場限定音源としてリリースしてきた『Torch.』シリーズ3作目。これまでライブのみで披露していた未発表音源から、SNS上の人気投票で収録曲を決めるというチャレンジングな企画でした。ぼくの最推し曲『ホーム』は上位3曲から惜しくも漏れ……9位でしたけど……惜しくも……。
 『執着地点』は旧体制ラストライヴのときに最新曲として披露されて以来おあずけをくらっていた曲。『最果て』『満天の星』はソロ期からバンドライヴで何度も披露しており人気もうなずける曲で、私も投票しました。それから『最果て』の対になる曲ということで、投票企画では最下位だったものの収録される運びとなった、まさかの敗者復活枠『偉大なる夢』。それらが弾き語り版で音源化されております。人気投票とは単純な「好き」以上に「推しの需要を企画主にわからせる」ことを主旨にしてしまいがちです。これらの上位入選楽曲の披露はバンド演奏版が主でした。バンドの新アルバムが制作されるならこれらのバンド演奏版も入れてくれよな! というメッセージである面も少なからずあるはずです。

 私の推し曲『ホーム』はソロ弾き語りライヴで何度か披露されたもので、弾き語り楽曲として前述の『ドリップ』にならぶ「パーフェクト」楽曲だと思っています。『Torch.4』に期待しています。そして3月リリース予定の新譜『たやすくハッピーエンドなんかにするな』に上位曲のバンド版、頼みますね!

「報告」するのは誰か~新橋演舞場『オセロー』についてのひとつのメモ~

 9月某日、『オセロー』を観に行った。
 これまでシェイクスピア関連の舞台は子ども向けに翻案されたもの(無論、「子ども騙し」という意味ではなく、子どものためにガチで作り込んだもの、である)にしか触れてこなかったので、今回が人生初の本格的なシェイクスピア作品観劇である。
 急病により活動を休止し――そして先日、引退を発表した今井翼さんの代役としてジャニーズWEST神山智洋さんがイアーゴーを務めるという報せに、「シェイクスピアの悪役を演じる神ちゃんを見たい!」と、友人と誘い合わせて軽率に申し込んだ。一般発売日にうっかりしていて初動が遅れたため、地方民が遠征できる週末の1階席はほぼ完売、2階席と桟敷席がかろうじて、といった具合で、相談のすえに2階席下手側1列目を確保した。(1階での色々な演出が死角に入ってしまうややつらい席だったことを知るのは開演してしばらく後でした。ぐぬぬ。)

 一度きりの観劇で、他の演出家による演出も知らない。たった1回きりの観劇体験でもっともらしいことを言うつもりはないが、ひとつだけ私の得意分野の範疇で語りえることがあったのでメモとして残しておく。

 ラストシーン、議官のロドウィーゴーの台詞「(この一連の事件を)報告をしなければ」で幕引きになるはずの場面で野盗(あるいはトルコ兵)に襲われてイアーゴー以外全員死亡という演出になっている。原典の戯曲にある「退場」のト書きに対して随分と大胆なアレンジである。
 これを見たとき、「報告」できる人が、本当に最初からことの顛末を知っていた黒幕のイアーゴーしか残らなかったのだな、とうっすら思ったのだが、第三幕から展開される鏡を使った演出で「鏡に舞台を見ている“観客”が映っている」と気づいて慄いたのを思い出し、「事件の黒幕としてほぼすべてを知っているイアーゴー」と「同じく、最初から事件の次第をすべて把握しながら、止めもせず黙って見ていた我々」が残ったのだと気づいてしまった。
「報告しなければ」という締めの一節にはひじょうにメタフィクショナルだ。それは「このあとこの一連の出来事がどこかで再話される」→「今ぼくたちわたしたちが読んで・見ているのは『報告』として再話されたものである」という「物語化」への言及だからだ。
 そして今回の「報告者ほぼ全員死亡END」は「え、もう『報告』できないやん?」という引っかかりになっていて、「んじゃ誰が『報告』すんねん」と考えていくことになる。イアーゴーは「報告」できるのか。できそうにないな? では「報告」するのは誰か。私たちしかいないな?
 我々は、あの鏡によって舞台の上に、すでに巻き込まれている。
 嫉妬に駆られたイアーゴーとオセローの凶行を、すべて知りながら黙ってみていた我々には、「報告」する義務があるのだ。ゆえにこの物語は語り継がれてきたのだ。

 ――そんな妄想を掻き立てる、興味深い演出があったとさ。
千穐楽お疲れさまでした記念にアップします。)

推しの「留学」と現状について改めて本気で考えたい

 まず、前提としてこの記事の筆者がどのようにして彼の活動を追い始め、此度の一件を第一報の時点でどのように受け止めたのかを確認してから以下の雑文に進んでいただきたい。
 3万字近くあるので暇じゃない人は最終段だけでいいです。

nasamu-konirom.hatenablog.com

 2018年6月末、Hey! Say! JUMPのメンバー岡本圭人の「留学」にともなう「活動休止」が発表された。第一報の時点で詳細は明かされなかったものの、その後の報道や音楽番組などに出演した際のコメントにより、「留学」期間は2年コースであることが確定している。今年9月に入学し、予定通りにすべての課程を修めれば、卒業するのは2020年6月頃になるはずだ。(先に挙げた記事では「9月」と書いていたが単純に渡米・活動休止から2年でカウントしていた。某大型国家プロジェクトに関わらないで済むかどうかが微妙なラインになってややぬか喜びの感は否めない)

 私の胸のうちにずっと引っかかっていたのは、「留学」発表の翌日、山田涼介が公式ブログ『JUMPaper』で発した「なぜ今なのか」と言う問いかけだった。確かに今年は、夏、冬の2期をかけて宮城県との大きなコラボキャンペーンを打ち始めたばかりであるし、改元を来年に控えている――グループ名に組み込まれた元号「平成」最後の年でもある。そんな今、どうしても行くべきなのか、という問いかけだろう。しかし、私にはそれ以上の意味があるように思えてならなかった。たとえば、何よりも間近に控えているニューアルバム、そしてアルバムを引っさげて今夏から始まるであろう、コンサートツアーについて。
「留学」発表の直後とも言える時期に公にされた6thアルバム『SENCE or LOVE』における公式プレスの触れ込みは「力強く“踊る”がテーマ」「今この時、Hey! Say! JUMPだからできる」「グループ史上最もアグレッシブな楽曲とダンス」だった。
 もしこれが、「メンバーの活動休止」を目前にしたグループの新作情報でなかったら、なんてことのない、よくある、ファンの期待を高めるような、ワクワクさせる売り文句だろう。
 だが、現実において、これらの表現は一部界隈に昏い波紋を呼んだ。「今」だから「できる」こと――まるで、8人であるから、岡本圭人が不在であるからこそ、今作を発表できたかのようにも受け取れるためだ。

 このアルバムテーマが公表されたことで、「なぜ今なのか」の意味合いも、前述した「今現在継続してある仕事に穴をあける」以上の何かにとって代わった。「ダンスができない」人員が減るというタイミングで「これまでにない高難度のダンスに挑戦する」ということが、周囲に与える印象として最悪だからだ。
 案の定、SNS上では「ダンスの苦手な人間がいないから高度なパフォーマンスに挑戦できたのか」という声が、ショックと、グループおよび岡本自身に対する幾何かの反感を伴って漏れ聞こえてきた。山田涼介が危惧していたのは、このことだったのではないか、と私は思うに至った。
 もちろん、それに対する反論もあった。「(『Fantastic Time』『OVER THE TOP』などを例に挙げ)高度なダンスには今までも挑戦してきた」「ちゃんと踊れていた」――だが、それらの反論はひとつも意味をなさない。何より誰より彼自身が「自分は踊れない」ということを、10年前から今日まで――2017年のジャニーズアイランドへのゲスト参加の折にも、最新シングル盤にカップリング収録された『やんちゃなヒーロー』のMVメイキングでさえも、繰り返しくりかえし、同じトーンで発信し続けてきたからだ。彼はダンスができない。そう強く自認しているし、近しい周囲も完全に否定はしない。否定できない。何故なら、それが事実だからだ。
 自称だけではない。ファンダムでの扱いもおおむね同じだった。はてブをひも解いてみればいい。「ちょっとダンスをかじったことあるオタクがメンバーそれぞれのダンスを分析してみた」系記事の中で、岡本さんがまともに褒められているところを私はついぞ見たことがない。記事の筆者が、最も出来なかった頃のエピソードに意識をひっぱられて迂闊にも分析を目を濁らせているのでなければ、本当に「経験者として、見るべきところのない、取るに足らない」ダンスなのだろう。
 MVメイキングとして振り入れの様子が今まで公開されなかったのも「見せられたものではなかったから」だと思わせる。ひとりだけ明らかに飲み込みが遅く、周りに合わせられず、見劣りしている、そんな「練習風景」はパッケージングして流通に乗せることができなかったからなのだ、と。
 このような扱いの前例として『314~時計』というユニット楽曲がある。慣例通りであれば山田、岡本の2人等分で割り振られるであろう主旋律のパートが、“作品の完成度を上げるために”すべて山田一人に回され「山田涼介のソロ曲」として報道されたのはご存知の通りだ。私自身がリアルタイムで経験したわけではないが、同じ推しを持つ同胞にとって忘れようもない事件だった。
「留学」があったから「高難度のダンスに挑戦できた」という流れ――それはグループの過去の振舞いからも容易に想像できるものだった。
 だが――と私は思考を巡らせた。だが、あるいは、逆のパターンもあるだろう。「高度なダンス・パフォーマンスに挑戦する」というテーマが先にきていて、それが「留学」を後押ししたとすれば?
 彼の「留学」先であるところのアメリカン・アカデミー・オブ・ドラマティック・アーツは「演劇学校」で、彼は「芝居の勉強」のためにそこへ向かうという。その課程にはダンスの科目もあるというが、ジャニーズアイドルが習得している技術は幼い頃から修練を重ねてきた結果身に付いた特殊技能であると聞く。つまり、「幼いJr.期の(もしくはそれ以前の個人的な)修練で決まる」=「今から外部でやっても遅い」ということだ。そして、「ジャニーズの中で映えるダンス」を習得したいなら、事務所の中で今まで通りにレッスンを受けたほうが確実なのは明白だ。
 要するに、もし、グループがこれから「踊れる」ことを全面に出していきたいとして、そのなかで「演劇学校」へ「留学」するというのが、バンドだったら「音楽性の違いで解散」しているくらいの方向性の不一致に思えてならないのだ。「彼はもう踊りたくなかった(ひとつも身にならないダンスのレッスンで人生の残り時間を無駄にしたくなかった)だから“留学”した」と受け取られる可能性も、「踊れない人員を排除したことにより成立したパフォーマンス」のそれと同等に存在しているわけだ。
 そして、どちらにせよ彼が「戻ってきた」とき、今作で魅せつけられたあのパフォーマンスは、もう、見ることは叶わないだろう、と思わせる。
 それだけのことが、今、見えている現状からは想定され得る――ああ、ほら、みんなの大好きな「情報を売り払うようなやつとは付き合うな」と同じ「結果だけをみた自己責任論」ですよ――こう思われてしまうことは想定の範囲内で、そのうえで彼は「留学」を決行したし、組織はそれを止めなかったし、此度のアルバムは発表され、パフォーマンスも予定通りに準備され、披露されて、山田涼介は「なぜ今なのか」と口にしたのだ。 イメージ先行のこの商売で、イメージがすべてであるこの業界で、「そう思われても構わない」から、そうされた。彼らを売り出す事務所の商業的判断においても、そして、「そう思われても構わない」ほど、グループの中にに己を存在させたくなかった彼個人の心情的にも。

 彼の持つ「メンバーに対する異常なまでの奉仕精神」と、「グループへの非・帰属意識」(グループの外側から、まるで己が構成員でないかのような物言いでメンバーを見ている場面のなんと多かったことか!)は、相反するようでいながら根深く接続している。「“JUMP”になりたかった」「だが、なれなかった」という意識だ。
 彼を取り巻いてきた状況はそれを育むに十分すぎた。「外部での仕事をグループへ還元する」以前に、「内部」でさえも不純物に等しい、取るに足らないものとしての扱い(歌割の不均等、前述のした『314~』の一件など)を受け続けてきたのだ。(であるがゆえに、あのユニット活動の前後期から「やまけと」は急速に接近し、山田の発案によってHey! Say! 7楽曲『パーリーモンスター』でサビ以外のパートをほぼすべて岡本に配当するという試みがなされた。まるでこれまでの贖罪のように。)
 
 
 私は、興味もなく、苦手(だと強く自覚している)なことを無理矢理習得するよりも、興味のあることに打ち込むほうがいい(というか、得意でもなく興味もない分野を続けることが圧倒的に時間の無駄になるタイプがいる)(数学の宿題を解きながらあまりの嫌さに蕁麻疹を発症し、体中掻き毟って血まみれになり、親や塾講師からは匙を投げられ、大学入試を国語の成績“だけ”で通過した個人の経験に基づく)と考えているので、彼が学びたいことを学びに行くのであれば、これ以上に良い選択はないと思っている。時期についても同じく。10周年を無事に終え、記念楽曲の制作に関わり、紅白にも初出場を果たした。逆に「今じゃなくていつ行くのか」とさえ思える。決断は早ければ早いほどいい。いっときの仕事のために人ひとりの一生を棒に振っていいわけがない。
 行き先に海外を選んだのも、とにかく今はグループからも親からも距離をとりたいのだろうし、ただ単純に、日本の学校で日本語の講義を受けるよりも英語圏の学校で英語の講義を受けるほうが彼は理解しやすいであろうから。彼の第一言語は日本語ではなく英語なのだ。普段しゃべっているときやブログ上のテキスト表現においても、助詞の使い方が滅茶苦茶なのが見て取れる。「庭」という漢字もすんなりとは読めない。幼少期にたった一人英国に放置され、使用言語を強制的にリセットされたぶんだけ、彼はこの国で遠回りをする羽目になったのだ。
 
 ホッキョクグマが、「己はライオンではない」と気づいてサバンナから北の地に去ったとして、そこに何の咎があるだろう。どこまでいっても帰属できない漂白者(ストレンジャー)である彼が、もし、帰ってこなかったとして、それを誰が責められようか、と私は思っている。

「自担が留学するので転職します」・2

~前回までのあらすじ~

 2018年、夏。
 私は5年勤めた会社に退職願を提出した。

 

 

 ここで先に告白しておくと、実はこの記事タイトル、半分くらい詐欺である。
 転職の話自体は3月頭くらいに一度来ていた。母校の恩師からメールでツテを紹介されたのだ。それはちょうどその時、昨年秋からクラスチェンジした現在の職務にだいぶグッタリしていた私にとって天啓のようなものだった。
 4年ほど非正規雇用者として勤務していて、労基法的にも色々なタイミング的にもそろそろ契約社員にクラスチェンジすべきでは? と上からお話をいただいて、その時はまぁもうちょい安定した生活基盤を作っといたほうがいいかなと考えて、勧められるとおりに非正規と正規の中間のポジションであるところの契約社員になった。まー後悔しました。大してお賃金は変わらないのにやるべきことは増えてやりがいのないことが増えてできないことが増えた。うっかり忘れていたのだけども、私は体の大きさとか使う腕とか脚の動かし方とかがとっても「普通の人」と違うのだ。そういうことを思い出させるような仕事が増えて、そういうことを思い出させる、集団の全体との均一さ統一感を求められる環境に思いっきり疲れてしまった。自分が社会不適合者だったことを思い出したとでもいうのか。
 そんな中での転職のお誘い。即レスでしたね。 でもそのときは恩師の方が紹介先よりちょっと早まってしまったらしく、秋からの雇用を予定として再度正式にお誘いが来るということでいったん保留となりました。
 第二報が届いたのは6月下旬、あの運命の日の少し前だった。この時点では3月ほど気持ちが塞いでいなかったので、書類の準備を進めつつも迷いがまだ残っていたように思う。例の報道を受けての、「自担が辞めたら僕も辞めるか!」 という考えはうすぼんやりと頭の中にあった。無論、イキリオタク的ジョークとして、である。
 運命の夜を越えた翌24日、「留学」までの道のりが各種紙面で明かされた。そこで3月頃からこの話が始まっていたことを知って「うわぁ」と思った。重ねてこのタイミングで発表。運命の糸が引かれているのだと感じた。イキリオタクとは別の人格が顔を出し、「自担はとりあえず辞めないらしいけど、僕が辞めるのは今じゃね?」 と素直に思った。
 正式な書類を提出し、面接を受け、採用確定との返答を受け取ったのが7月末。
 そうして先週ようやく、退職願を携えての出社に至ったのである。
 謹んで封筒を提出したとき、上司は「せっかく契約社員になったのに?」「うちの部署から契約社員出すの初めてだったから正直(上に)無理いってもらったんだけど」などと恩を売るようなことを言われたが、いやでも法律的に勤続5年目越えたらクビ切るか雇うかしないといけないはずなんですけどとはまぁ、突っ込まずにいてあげた。
 確かに、長年の勤務の果てにようやく得た地位だった。転職後は以前と同じ非正規雇用に戻る。でもこれから2年間は課金先も減る見込みであるし、問題はないと思った。私はとにかく環境を変えたかった。このままあの場所で正規雇用されるまで働き続けることを考えられなくなっていたのだ。
 これまで様々な推しを推してきたが、ここまで人生を影響を及ぼした推しはいない。彼はやはり私にとって特別に運命的な存在だったのだろう。彼の選択を応援するとか、勇気をもらったとか、お互い頑張ろうとか、そういった可愛げのあることを言う気は一切なく、ただ同じタイミングで突飛な行動に出てみただけの、数奇な運命だ。
 退職まであとひと月あまり。退会するのが難しいオンライン会員登録ばりに煩雑な手続きと引継ぎと通常業務に追われている。私ほんとこういう手続きの類苦手だよな、と改めて思い知らされへこたれているが、とりあえず行動していれば事態は進むはずなので、気持ちは3月頃より随分とあかるい。
 停滞するのは死んだも同じだ。
 だから出て行くのだ、私も、彼も、たぶん。
 

「自担が留学するので転職します」

 まさかこんなことになるとは、というような展開に見舞われている2018年である。
「人生の転機」とは概ね事が過ぎ去ってから「ああ、あれがそのようなものだったのかもしらん」としみじみ想い馳せるものではないか、と常々思ってきた。
 齢三十幾何かを数える身でふと振り返るに、そのひとつは2015年だった。わりと最近だな。
 2015年その時ハマっていたゲームのキャラクターが地獄のような状態だったため引きずられてメンタルがボコボコだった(5kgほど痩せた)うえに運営による耐え難いやらかしが発覚し、結果的には距離を置く良い口実になったとはいえ未だにそのキャラをゲーセンやオタクショップで見かけるたびに「あっ死にたいな」とライトに思うくらいさんざんな目に遭った。夏には宇宙一推してたバンドが事実上の解散を発表し、解散自体はまぁするときはするよなと思いつつ何の前触れもない急な話だったこととすでに決まっていた数か月後のイベントが白紙になったことがけっこう堪えた。
 そんな夏を乗り越えたのち、傷ついた心を癒すべく新たに手を出したソシャゲのイチオシキャラが、その年の大晦日開始のイベントシナリオで激重な過去を告白してきたときは「2015年ってなんだったの?!」と半ギレになりながらイベントを走って年を越した。ポイント報酬☆5カードを初めて5枚取りした。
 ――と、いうようにして、「2015年だけは繰り返したくない」が口癖になった私が、翌2016年に数奇な運命により三次元アイドルジャンルの門を叩き、全力疾走の果てに、自担の「留学」を目の当たりにした2018年。
 
 本日、5年ほど勤めた会社に「退職願」を出しました。
 こんな運命もある意味ロマンスじゃない?